どこまでやれば、いいんでしょう?
< 本文は:物語風に7分 >
目次
1.タウパの前書き <木の登り方>
2.初めての黒星
3.負けをうけ入れられない
4.うしなったものがない・ふてくされているだけ
5.目にみえる努力
6.目にみえる自信
7.はじめてもった自信
8.努力でつちかった自信
9.謙虚な自信
10.プライド
11.自然に生じた謝意
12.やりきる
13.まとめ
それでは、物語のように、どうぞ
1.タウパの前書き <木の登り方>
こんにちは、島に住む10才のタウパです。
ヤシの木に、ぼくはだきつくようにして、
だけど、大人は、
幹の前後や左右にあてた手で、幹をはさむようにして、
両方のひざを横にでっぱらせて、飛びあがりながら登っていく。
すごく速い。
その速さを、競うんだってばぁ。
2.初めての黒星
≪負けた! この俺が、負けただと。ありえねぇ。俺は負けちゃいねぇ≫
ヤシの木が立ちならぶ、林の中です。
≪まちがいだ。下にいるヤツらの、みまちがいに決まってる。俺のおとした実のほうが、地面にあたるのが、遅かっただと≫
下では、競いあう男たちをみにきた、集落の者たちが輪をつくっています。
輪の中には、おなじようなヤシの木が2本、立っていました。
あと何年かで30才になるトコイアより5つほど若い、もうひとりの男が地面におり、集まった者たちから拍手をうけます。
3.負けをうけ入れられない
集落から少しはなれた、人のあまりこない浜です。
ヤシの葉がつくったかげの中に、トコイアがよつばいになっています。
≪どうしてだ。どうして俺が負けた。ふざけるな≫
何年も勝者の座についていました。
浜についた両手が、砂をにぎりしめます。
≪ありえねぇ、もう1度だ。あいつと、もう1度勝負だ≫
トコイアの拳が、砂をたたきました。
≪俺は負けちゃいねぇ、負けちゃいねぇんだ≫
4.うしなったものがない・ふてくされているだけ
母屋の床には、ヤシの葉をあんだマットが、一面に敷かれています。
その下には、波にもまれて角のとれたサンゴのかけらが、10センチほどの層をつくっていました。
平たい石が、軒下に立つように埋まって床をかこみ、その隅にトコイアが体をくの字にし、両手をひざのあいだに入れて、横たわっています。
家の者が声をかけたのは最初だけで、トコイアはなにも口にせず、2日がすぎました。
「よっこらしょ」
トコイアの祖父は80才にちかく、肉のおちた腰に、茶色い布をまいています。
トコイアを前にして、あぐらをかきました。
「おなじ相手に2度、負けたそうじゃがお前は、勝つために、なにをしたじゃ?」
目をあけたトコイアが、起きあがろうとしました。
「そのままの格好でいい」
「たかが木登りだろう、おじいちゃん。俺は、なにもしてないよ」
「じゃあ、くやしいことも、がっかりすることも、なかろう。うしなったものが、ないんじゃからな。ふてくされるのは、おわりにするんじゃ」
トコイアが目を、大きくしました。
「催しで歌をひろうする連中は、練習する。じゃから、みんなの前で歌う、自信がつくんじゃ」
5.目にみえる努力
歌の練習をしていた大人たちが、集会場のひくい軒を、腰を深くまげてくぐり、外へでます。
月明かりに照らされました。
汗で、男は髪をぬらし、女は茶色いワンピースの胸もとが、色を深めています。
軒先にしゃがんで練習をみていたトコイアは、その夜も、その男のあとについてヤシ林へ入りました。
30すぎのその男は細身ですが、筋肉のついたしっかりした体形をしています。
草のあいだの道をあるく男の姿が、月明かりをうけたり、葉のかげになったりして、みえかくれします。
道からそれて草むらをあるいた男が、葉のかげの中に立ちました。
そこから少しはなれた幹のかげに、トコイアがあぐらをかきます。
男が歌声をひびかせました。
≪俺には、あいつがひとりで、練習しなきゃならねぇほど、他の連中からおとっているようには、思えねぇけどなぁ。他の連中の、足をひっぱるほどじゃねぇ、ほんの少しじゃねぇか≫
そう、はじめて、ここへきたときに思いました。
トコイアは下をむいて、男の歌声を聞きます。
≪俺にもわかる。少しずつだが、うまくなって、今じゃ、みんなとのほんの少しの差が、なくなっちまった≫
男はおなじ歌を、繰りかえし練習しました。
歌声がやむと、草のあいだをあるく、カニの足音が聞こえてきそうです。
男の歌声が、ひびきます。
顔をあげたトコイアが身をかたむけ、幹の横から男のほうへ視線を馳せました。
月がうごき、立っている男が月明かりに、照らされています。
≪もう、差がなくなったんだから、練習なんていいじゃねぇか。ばかばかしい、よくやるぜ。くだらねぇ≫
6.目にみえる自信
トコイアが、集会場の軒先にしゃがみました。
高い屋根裏から繊維をあんだひもが1本、長くさがり、そこに火が灯っています。
その下にむかいあって座るふたりにむいて、大人たちが肩をよせあうようにして、あぐらをかきました。
大きな円ができ、歌声がひびきはじめます。
林の奥で練習をする男の、まわりで歌う者たちが、男に顔をむけました。
歌いながらどの顔も、ほほ笑んでいます。
いくつもの手が、男の肩や背中をたたきました。
あぐらをかく者のあいだへ身をのりだして、たたく者がいます。
トコイアが頭を、わずかにかたむけました。
≪みんな、あいつがこっそり練習してたの、しってたのか?≫
肩をたたかれた男が、胸を張ったようにみえました。
女たちの着る茶色いワンピースの首もとが汗で色を深め、練習がおわります。
トコイアがまた、林の奥の木にかくれるように、あぐらをかきました。
男の歌声がひびきます。
≪もう、そんなことしなくて、いいだろう。みんなに認められたじゃねぇか……≫
次の日も、その次の日も、トコイアはそこに腰をおろしました。
顔をあげ、幹の横から男へ目をむけます。
男の姿が、月光につつまれていました。
≪ちぇっ、あいつなんだか、かっこいいじゃねぇか≫
7.はじめてもった自信
トコイアの背丈より少しみじかい程度にきった、ヤシの幹です。
日々の漁や作業できたえたトコイアの体以上の、重さがありました。
足をひらいて立ち、頭上に高くあげた両手に、幹をのせています。
そのまましゃがみ、立ちあがって足をきたえました。
≪2度も負けてるんだ。もう負けられねぇ≫
何度も繰りかえしました。
こんどは立ったまま、幹をのせた腕を曲げては伸ばし、腕をきたえます。
≪重いぜ、体ごと地面に、めりこみそうだ≫
日の出前と日没後、毎日体をきたえました。
月の満ちかけが、ふたまわりしました。
≪まだ、まだぁ≫
満ちかけが、もうひとまわりし、3か月たちました。
≪よし、これだけやれば、俺は無敵だ≫
8.努力でつちかった自信
浜からヤシの木のあいだを、少し入った草むらです。
トコイアがひざをかかえて横になり、3日がすぎました。
胸の中いっぱいに、自信が満ちていました。
体から自信が、あふれだしそうでした。
それが敗北によって、すべて消えました。
トコイアは闇の中へ、沈んでいくようでした。
≪あれだけやったのに……。あんなに辛い思いをしてきたえたのに……≫
このまま死んでもいいと思いました。
頭をのせた腕が、伸びています。
そこに登ったカニが、おりてあるいていきました。
目をあけると、浜が月明かりに照らされていました。
ふと、思いだします。
9.謙虚な自信
集会場の軒先から、林で歌の練習をする男へ、目をむけます。
みんなといっしょに、普通に歌っていました。
練習がおわり、歌っていた大人たちが、外へでてきます。
トコイアはまた、男について林へ入り、ヤシの木のかげに座りました。
次の夜も、その次の夜もトコイアは、そこに座りました。
体をたおして男をみると、月に男が照らされています。
練習をおえた男が、あるいてきました。
トコイアが、立ちあがります。
「もう、練習する必要ないだろう。それなのにどうして――」
男がほほ笑みます。
「また、へたくそになりたくない。それに、うまくなりたいからな」
10.プライド
トコイアが高くあげた両手に、ヤシの幹をのせて立ちます。
≪くっそー。俺だって、俺だって≫
頭を前にたおしてそこへ幹をおろし、しゃがみます。
≪俺だって、負けてられねぇ。負けてられねぇんだよ≫
トコイアに3度勝った男、歌の練習をする男、そして自分と戦っています。
トコイアが、腕を伸ばしながら、立ちあがります。
≪きたえたおかげで、一石二鳥だぜ≫
幹をおろしながらしゃがみ、幹をあげながら立ちました。
≪あんな闇におちるぐらいなら、生きてたくねぇと思うぐらいなら。それにしても、きついぜ。体が、ばらばらに壊れそうだ≫
日の出前と日没後、毎日繰りかえし、9度目の満月をむかえました。
≪よし、これだけやったんだ≫
胸を張って、4度目の勝負に挑みます。
11.自然に生じた謝意
木からおりたトコイアが、両手をひざにつきました。
その視線が地中へ深く、ささっているようです。
≪負けた。俺は、あいつに負けた≫
勝負をみに集まった者たちが、トコイアの横をとおります。
「あんたは、よくやったわ」
「おしかったな。もう少しだった」
「ほんとよね。あと、ほんの少し、ほんの少しだったのよ」
「いい勝負をみせてくれたぜ。次だな、次」
みんな、トコイアの肩や背中を、たたいていきました。
≪ありがてぇなぁ≫
トコイアが両ひざから手をはなし、体を起こしました。
集落へもどっていく人のうしろ姿へ、視線をおくります。
≪勝った姿を、みせたかったぜ≫
心の中でその人たちへ、頭をさげました。
12.やりきる
勝負にやぶれた、その日のことです。
母屋の軒先に、葉をあんだマットを敷いて、食事をとる家族のあいだに、トコイアがあぐらをかきました。
イモやパンの実、魚介を次々に口へ入れます。
「うめぇ。すげぇうめぇぞ」
トコイアの頬が、ふくらんでいます。
「こんなにうまかったんだなぁ、いつも食ってるのに、気づかなかったぜ」
家族のひとりが、次の挑戦について問いました。
「そうだなぁ、いつにすっかなぁ」
トコイアが食べる手をとめ、視線を上へむけます。
「ヤシの木かぁ……。ここまでやって、よかったぜ。生きるって、おもしれぇ。飯がこんなに、うまいんだからな」
やりきった トコイアの胸中はすがすがしく、自信に満ちていました。
13.まとめ
こんにちは、どふぁらずら。
やりきるって、いいずら。
すがすがしい自信が、残るずら。
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